こんにちは。39歳、四国の田舎町で不妊治療と向き合う、小梅です。
移植手術から判定日までの2週間は、とにかく「ソワソワ」との戦いでした。
スマホで検索すれば不安が増えるとわかっていたので、私は家庭菜園に没頭することに。

冬野菜の収穫や、無心でできる草むしりは、判定への不安から私を救ってくれました。
そして、実はこのブログを始めたのも、移植後すぐ。
自分の記録でありながら、これから体外受精を受ける誰かのために、私の「後悔」や「失敗」が役立てるかもしれないと思ったからです。
ステップアップの経緯はこちら→(7回の人工授精を経て体外受精へ)

■忙しさを味方に、いよいよクリニックへ
家庭菜園に助けられながら迎えた判定日。
私はフライング検査はしませんでした。
人工授精のとき、真っ白な検査薬に何度も心を折られた経験があり、今回は「診察室で聞く」と決めていたのです。
採血を終え、ドキドキしながら診察室へ。
告げられた結果は…
残念ながら「陰性」です。
期待しないようにと自分に言い聞かせていたはずなのに、
その一言で、胸の奥が締め付けられました。
■悲しみより先にあったのは、悔しさ
「大関さん(主人)が願っていた不妊治療」
「私はどうしても二人目がほしいというわけではない」
無意識の心の防御なのか、心の中ではそうつぶやいていました。
ただ、費やしてきた時間・お金・努力が一瞬で消えたように感じてしまい、悔しさが押し寄せました。
でも、驚いたのは、その後です!
■「もう一度、採卵したい」、気持ちの変化に驚く
もともと、夫婦で「2個の凍結胚でダメなら治療は終了」と決めていました。
それなのに!
「陰性」と聞いてすぐ、「もう一度、採卵からやり直したい!」
そう前を向いて挑戦しようと願う自分がいたのです。

あれほど辛かった採卵手術も、費用の負担も知っているのに。
心の奥底では既に次の採卵を見据えていることに、とても驚きました。
「不妊治療はギャンブル」
そう表現する人もいますが、この意味を初めて体感した気がします。
私一人でアレコレ抱えることはできないので、大関さんとしっかり話し合って今後の道を探っていこうと思います。

■主人が悲しむ様子に胸を打たれる
陰性の知らせを聞いて、一番ショックを受けていたのは主人の大関さんでした。
自分たちの命がひとつ消えてしまった現実を、隠すこと無く悲しんでいました。
「この3ヶ月半、辛く大変な治療だった」
それは私だけと思っていたけど、経済面で努力してくれた大関さんも大変でしたよね。
感謝しかありません。
背中をさすってあげて、2人で静かに悲しみを共有しました。

■それでも、私には “次の卵” がある
残っているのは「6日目 5BC」の凍結胚が一個。
今は、この子の移植に向けて体調管理をしながら、着床障害の検査など、できることを進めています。検査内容もブログでまとめていきますね!
39歳、初めての体外受精は「陰性」でした。
でも、私はまだここで終わりません。
自分自身が納得できる未来のために、そして大関さんのために。
もう一度、前を向いて進もうと思います。
今日の一言
英:I’ll do everything I can.(やれることは何でもやる)
仏:Je ne reculerai devant rien.(何事にもひるまず突き進む)


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