こんにちは。
39歳、四国の田舎で不妊治療と向き合う、小梅です。
初めての胚移植から約1週間が経ちました。
ソワソワ期です。

気づけば、お茶を飲むたびスマホで
“39歳 体外受精 妊娠 ”
などと検索して、一喜一憂…。
少々言いにくいのですが、
今回の不妊治療を始めたとき
私自身は
「絶対に2人目が欲しい!」
と、願っていたわけではありませんでした。

きっかけは、37歳の子宮頸がん検診。
ケン(第一子)の妊婦健診でお世話になった先生から
「お子さんは、お一人でいいの?」
と、聞かれたのです。
私は迷わず「はい」と答えました。
でも、念のため大関さん(主人)にも聞いておこうと、
その日の夜に先生の質問を伝えたら……

大関「え、僕は普通に2人目が欲しいけど?」
「40歳を超えて産んでる人もいるよ」
「そんなに焦らなくていいと思ってた」
と、真顔で回答。
私「え、い、今さら…!?」
開いた口が塞がらない。
(怒りとモヤモヤといろんな感情で思考停止)
理系で現実派な大関さんの口から出た予想外の発言に、
私の中で何かが壊れたような感覚になりました。
というのも、私が第二子を切望していたのは 32〜33歳頃。
若いうちに産むメリットを重視し、
第二子はケンの後すぐにでもと考えていたからです。

しかし、そのタイミングで
憎きコロナ禍に突入!!!!
テレビから流れる孤独な出産・育児のニュース。
保育園からは登園自粛の要請。
イヤイヤ期のケンを抱え、
2人で泣きながら夜の公園に出かけた日もありました。
こんな状況で2人目は無理!!
その瞬間、
第二子への情熱が消えたことをハッキリと感じたのです。
大関さんにも「ケンは一人っ子確定だね」
と、こぼしていました。
さて、そんな過去を経て、
今回、私が第二子の不妊治療に踏み切った理由。
それは、大関さんへの
『感謝の気持ち』
それだけです。

夫婦で第二子に対するズレはあったものの、
日常生活では、
穏やかな家庭を築けたことに感謝しています。
彼が望むなら願いを叶えてあげたい。
できるだけ早く!!(笑)
…ということで、第二子は大関さんの思い先行。
私は少々フワッとした気持ちで、
第二子妊活をスタートすることになりました。

前置きが長くなりましたが、
これまでの歩みはこんな感じです。
- 病院に通わず自然 (3ヶ月)
- → 不妊治療を開始し、人工授精 7回(約10ヶ月)
- →ついに、 体外受精1回(今ココ)
正直なところ、若い頃に消えてしまった
“第二子への情熱は今も戻っていません”
このまま、戻らないのかもしれません。
どこか冷めたような自分がいることに、
申し訳なさも感じます。
でも、最近はこう思っています。
「前向きになれない自分がいてもいいや」
第二子を願っていた若い頃の自分も、
今さら感に悩まされる今の自分も、
全部ひっくるめて、私。
複雑な気持ちを否定せず、
運命に身を任せてみよう。
そう自分に言い聞かせ、
少し心を軽くして判定を待っています。

もし、私と同じように妊活をポジティブに捉えられない方がいたら…
「それは、あなたが自分と向き合っている証拠」
周りとの温度差は気にせず、
自分のペースで進んでいけたらいいですね。
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[今日のひとこと]
English: There are as many paths as there are people.
Français: Il y a autant de chemins que de personnes.
(人の数だけ道がある)
※最後までお読みいただきありがとうございました。記事の内容は、あくまでも私個人の体験談です。治療内容など、医療に関することは必ず医師の指示に従ってください。この記事は、私の体験をよりわかりやすくお伝えするために、AIの支援を受けて構成・作成しています。


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